分野別の大学院進学率の年次推移

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分野別に大学院進学率の時系列を見ると、2011年以降の大学院進学率の減少の原因がわかります。
専攻分野別の大学院在籍者数の割合を下図に示しました。2016年時点では、工学分野が34%で最も多く、次いで保健分野(17%)、そして文系分野(人文科学+社会科学)が16%となっています。

専攻分野別 学生数の割合

下に分野別の大学院進学率の年次推移を示す図を示します。図の下のボタンを押すことで分野を切り替えることができます。工学分野をはじめ、産業と関連の高い専攻では、90年代に始まる大学院重点化の意図(大学教員・研究者のみならず社会の多様な方面で活躍し得る人材の育成を図る)がよく合い、現在も大学院進学率に減少傾向は見られません。しかし、人文社会科学、および生物系、農学系、医歯薬系と呼ばれるライフサイエンスの分野では、大学院進学率が近年減少に転じており、工学分野における増加傾向を押し切って大学院進学率の総数が2011年以降に減少する結果となっています。

分野別の大学院進学率の年次推移
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人文社会科学分野の大学院進学率の減少

人文社会科学分野では、大学卒業者の大学院進学率は少なく、平均して5%程度です。それでも大学院在籍者の割合が16%と高い理由は、大学院進学率を考える際の母数となる人文社会科学分野の学科に在籍する大学生が多いためであると考えられます。その5%程度の大学院進学率も2011年以降は減少傾向にあり、2016年時点では、2011年時点と比べ、総じて3/4程度に減少しています。

法学分野においては、司法試験の受験資格を法科大学院卒業者もしくは司法試験予備試験合格者に限るとする2004年の司法試験制度の転換に伴い、法科大学院への進学者が足された分、その年から大学院進学者が急増しています。その後5年間、法学分野の進学率は増加を続けますが、2010年をピークとして今度は急激な減少に転じています。

社会科学分野の大学院進学率の年次推移

法曹の社会需要に対する供給過多の認知が社会に広まるにつれ、法科大学院への志願者数は減少し続けており、近年、法科大学院は定員割れの問題を起こしています。大学院側は定員割れを防ぐため定員数を減らす対策を取っており、その結果が法学分野の大学院進学率の減少に結びついていると考えられます。2013年以降、志願者が集まらず入学者の募集停止・廃校となった法科大学院が急増しており、一時期75校存在した法科大学院は、30校が廃校し、残り44校という状況にあります。

後述の6年制薬学部の導入に見られるように、大学や大学院の増設は大学定員数の増加を意味し、高等教育制度に対し提言を与える委員やその親しい人たちが居座るための教員のポストを確保できるという効果があります。社会需要とアンバランスな教育制度を実行に移してしまう矛盾の駆動力は、そういった理由から発生するのかもしれません。大学院への進学を考える場合、大学側の利権の事情が自分のこれからの進路の決定に絡んでいないかを熟考するべきでしょう。

ライフサイエンス分野の大学院進学率の減少

ライフサイエンス分野の大学院進学率は2011年以降減少傾向にあります。理工学分野と比べてライフサイエンス分野の大学院進学率の低下が激しいことが理解できる一つの資料は、理学分野の各専攻の大学院進学率の時系列推移です(上図参照)。同じ理学分野の物理学や化学と比べて生物学が2011年以降極端に衰退していることからも、ライフサイエンス分野において大学院への進学が他の学問分野に比べて特に敬遠されている様子が読み取れます。

専攻分野別の学生数の割合を見ると、保健分野を専攻する大学院生が17%を占めていますが、医学部・歯学部は6年制であるため修士課程が無く、保健分野の修士課程に属している大学院生はほとんどが医師免許等の医療系の資格を持たない学生(医歯薬系以外のライフサイエンス分野出身の学生)であると考えられます。下図に保健分野の修士課程に属する専攻別の学生数の割合を示しました。歯学系は絶対数が少なく、薬学系も18%であり、保健分野の修士課程在籍者の2/3は“その他”に属する“バイオサイエンス”などと専攻名の付いた研究科の在籍者であることがわかります。

修士課程 保健分野 学生数の割合

文部科学省の資料中では、ライフサイエンス分野の人材需給に関し次のような指摘がなされています。

「大学の研究費のうち約3割を占めるライフサイエンス分野においては、多くの若手人材が実験の担い手になっているといわれるが、バイオ産業では基礎系研究者の需要数がそれほど多くなく、産学間に人材需給のミスマッチが生じている」

「未来を牽引する大学院教育改革」(文部科学省)より抜粋

大学院拡充の目的は「大学教員・研究者のみならず社会の多様な方面で活躍し得る人材の育成を図る」ということでしたが、上記の指摘によれば、この目的に沿わない分野においても無差別的に大学院が拡充されたという点は問題です。また、その政策に学生が実際に付いていってしまい進学率の増加傾向が2011年まで数字に顕れてしまっていたという点も問題かと思われます。

専攻別に人材の社会的な需要を調査したデータがマイナビ社より公開されています。ライフサイエンス分野の社会的需要は低いと言えるでしょう。

今後理系人材としてニーズの高い「学科系統」(マイナビ調査)

ライフサイエンス分野の大学院進学率の年次推移を考えるとき、2011年以降の減少に注目するよりも、むしろ「なぜ2011年までライフサイエンス分野において大学院進学率が増加していたのか、なぜ進学率の絶対値も高かったのか」、という見方で考えると更に不可解です。産業界での就職先は限られており、大学や研究機関におけるポストも少なく、「多くの若手人材が実験の担い手になっているといわれる」中で、なぜ2011年までライフサイエンスを専攻する多くの大学学部生は大学院への進学を決めていたのでしょう?それが合理化され始めた結果が大学院進学率の減少に顕れているのではないでしょうか。

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6年制薬学部の導入

ライフサイエンス分野の大学院進学率の減少のもう一つの大きな原因が、6年制薬学部の導入です。薬学部においては2006年以降、4年制薬学部と6年制薬学部が併設されるようになり、6年制薬学部を卒業しないと薬剤師免許を原則得られなくなりました。薬学部の大学院進学率は、制度変更後の4年制薬学部1期生が卒業する2010年度(2011年3月)に急激なピークを示しており、その後はピーク前と比べて半減しています。

社会科学分野の大学院進学率の年次推移

6年制薬学部に進学した学生が修士課程に行かなくなったために薬学部の大学院進学率は制度変更後減少したと考えられますが、2010年度の急激なピークは制度変更時の混乱によるものと考えられます。2010年、2011年には薬剤師国家試験の受験資格を持つ薬学部卒業者がほとんどいなかったため、薬剤師国家試験の合格率は急激に低下しました。

薬学部は2003年以降の薬学部ブームにより新設が相次ぐようになり、2003年時点では46校でしたが2017年時点では70校以上に増加しています。法科大学院と同様に受験生離れが深刻化し、2009年時点で既に定員割れを起こす薬学部が発生しており、Border Freeと呼ばれる、入学願書を出せば誰でも大学に入れてしまう状況が発生しています。

まとめ

以上に見てきたように、2011年以降の大学院進学率の減少は、大学の新設と大学院重点化により膨らみ過ぎた大学院定員に対し、各分野において学生側に社会的需要に対する供給過多の認識が進み、大学院進学を敬遠する方向に傾いた結果であると考えられます。大学院に進学することは、そのメリットが無ければ、職歴に空白を追加するという悪い結果をもたらします。今後、専攻分野によっては大学院は厳しい時代を迎えるでしょう。文部科学省が公開する資料には、次のような指摘もなされており、雰囲気に流されて主体性なく大学院に進学するという判断はよりリスキーなものになるでしょう。

「1990年以前は学士課程のみ設置していた大学が、大学院設置の規制緩和を受けて修士課程や博士課程を設置するようになる中で、学生数が極端に少ない小規模専攻の数が増加しており、このような小規模専攻では、幅広いコースワークの実施など体系的・組織的な教育の実施や学生同士が切磋琢磨できる機会の確保等、教育研究の質の面で課題があるのではないかとの指摘がある」

「未来を牽引する大学院教育改革」(文部科学省)より抜粋

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